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2006年11月10日
相思相愛
3年間の想いを固く確かめ合った40分。
監督からは来年福岡で一緒に戦おう、一緒にやろうと言われた。
王監督を始め、トップの方々に勢ぞろいしてくださったことに感謝している。
3年間ホークスを離れた後でも、王監督が体力の回復に努めていらっしゃる時期に、直々に足を運んでくれた。ぼくの野球人生において影響が強い人なので、心にグッとくるものがあった。
自分の中で前向きにとらえて、いい決断をしたい。前向きはソフトバンク? そうです。意思は固まっている? そう受け止めてもらって結構です。
正式な結論はまだだが、もう時間の問題。既に、多くの新聞が「決定」と報じている。
小久保が戻ってくる!
ずっと、いつかは、と思い描いていたが、本当にそんな日が訪れようとは!
もちろん、その効果は計り知れない。
責任感が強くて、自らに妥協しない練習の虫にして、若手を引っ張っていく、その類い希なリーダーシップ。今のHawksを支える、信彦も、和巳も慕い続ける、その人間性。
若手にとっては、野球への情熱、取り組み、練習方法、試合への入り方、試合前の準備...全てが教材になるはずだ。
王監督もいう。
バットを持って打ってくれる以上に、リーダーとしてチームに対するプラスが大きい。だからこそ帰ってきてほしい。
バットマンとしてだけでなく、チームにいるだけで、若手の手本として、チームの精神的支柱として、有形無形の貢献をしてくれるはずだ。そして、チームリーダーとしても、チームの中心打者としても、信彦への負担を減らしてくれるに違いない。
信彦と小久保が競い合うように、バットを振り続ける光景が、また見られる。
王監督もそこにも期待をよせる。
今年は松中が勝負を避けられてかわいそうだった、オレもON時代があったが、松中と2人で競い合ってお互いに選手寿命を延ばしてほしい。ONも長嶋さんが打てばオレも、と思った。競い合うことは大事。
強いチームには、中心打者が2人いる。
かつてのON然り。Lions黄金時代の秋山、清原然り。いて前の中核、ローズとノリも然り。
2人が競い合うことで、お互いを高め合うし、相手も勝負せざるを得なくなる。JOHが抜けた今季、松中への攻めは四球なら良しとするものだった。これが、小久保、松中の2枚となることで相手バッテリーの攻め方は変わらざるを得ない。
そして、今季、オレが打たねば、という力んだスイングが多かったズレータも、もっと楽に打てるはず。
小久保がチームを離れて1年後のオフ、チームはソフトバンクに買収されたが、そのとき、小久保獲りを真っ先に孫正義オーナーに働きかけてくれた王監督。背番号9を空けておいたのも王監督の意向。
その王監督の意志を汲み、その実現を真剣に考えてくれた孫オーナー。
Hawksのトップ陣が、単なる打者として、戦力としてだけでなく、如何にこの小久保の問題を大切に考えてくれてたか、この竹内常務の言葉に集約されている。
大事なのは王監督と一緒に強いチームづくりを進めた創業メンバー。ホークスの歴史をつないでいく中興の祖として必要だった。
はやる気持ちを抑えきれず、交渉解禁のその朝に連絡し、その日のうちに会ってくれたことも、ファンとしては嬉しい限り。
本当に、王監督、そしてソフトバンクには感謝したい。
2003年オフ、小久保の衝撃的なトレード以来、Hawksファンは何一ついい思いをしていない。3年連続のプレーオフ敗退、相次ぐ主力選手の流出。
そんななか、唯一の救いは、ダイエーからソフトバンクへと変わったこと。
これで、もうオフ恒例の不愉快なニュースに悩まされずにすむ。ダイエーのままなら辞めただろうという王監督をGM兼任として、可能な限り、監督を続けて欲しいという孫オーナーの意向もあって、王監督を中心としたチーム作りが為されるようになった。
そして、博多っ子への最高のプレゼント。
小久保裕紀!
2003年オフ以来、あたかも呪いにかかったかのようなこの3年間のHawksの歴史に終止符を打つ、極上の喜びだ。
秋山幸二がLionsからHawksへ移籍したのは93年オフ。その同じタイミングで小久保はルーキーとして入団し、94年オフ、王監督が監督就任。あの弱いHawksが強くなっていくその過程で、この3人は常にチームの中心にいた。
信彦が、和巳が、兄のように慕う小久保裕紀。そして小久保が兄のように慕う秋山幸二。そして、そこにガンを克服した大親父が、来季のベンチに顔を揃える。

なんて幸福な風景だろう。
想像しただけで、嬉しくて、嬉しくて、ただひたすらに嬉しくて、そして目頭が熱くなってくる。
本当にこの日が来ようとは!
ああ、早く背番号9のユニフォームに袖を通した小久保の姿が見たい!
そのときまで「お帰り」の言葉はとっておこう。
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「体力の回復に努めていらっしゃる時に直々に足を運んでいただいた。僕の人生において非常に影響力の強い方。グッとくるものがあった。気持ちは固まっている... [続きを読む]
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Comments
HiROさんこんばんは。
わたしゃ、来季もホークス贔屓で応援することに決めました。
内部事情いろいろ教えてくださいませ。
ちなみに松中、小久保はMK砲と呼ばれたりしてましたか?
これだと松井、清原とかぶる・・・。
いい名前あるといいですね^^
投稿者 masaka2 : 2006年11月11日 03:10
masaka2 さん
心強い援軍です!ヨロシクお願いします!
> ちなみに松中、小久保はMK砲と呼ばれたりしてましたか?
今までは、あんまし聞いたこと無いですね(笑)
一緒にプレーしていた頃は、井口に城島もいましたから、松中、小久保だけをカップリングして呼ぶこと自体があんまし無かったですね。
ON以来、マスコミはそれになぞらえて常にそういう表現しますけど、あまり定着したのはないですよね。
昨季、城島がいた頃は、3連発なんてのが年に何回かあったので、MJZ砲、なんて呼ばれてましたけど。字面は格好いいですが、読みづらい...(苦笑)
投稿者 HiRO@zetton05 : 2006年11月11日 15:43
こんばんは。カップリングする必要がないくらいの打線でしたものね。21世紀最強だったなあ(って、過去形かよ!)。
ファンの皆様にとっては失うばかりの数年間でしたが、(元サヤとはいえ)うれしいニュースのあるオフでよかったですね。小久保がずっといてくれたほうが、よかったと思いますが、いなくなってわかったことや生まれたものもあるかと思います。3倍返しでいいことがあるといいですね^^
※なんかうまく書き込めないー・・・3度目。ポチっと。いけるかな。
投稿者 masaka2 : 2006年11月13日 03:13
日本人だけで3~6番まで構成できる夢のような打線でした。
ズレータなんて当時7番であんまり多くを期待されてませんでしたからね(笑)
確かに、いなくなったから、松中信彦と斉藤和巳がリーダーの自覚を持ったし、強化ポイントも見えてきた。
小久保も、ずっとHawksにいるのとは違うものも見えたでしょうし。そういうもんが、全ていい方向へ向かって束になってくれればと願ってます。
ま、パはこの4年全て優勝チームが違う。
これはこれでパの活性化には良いことですが、そろそろ、いい思いもしたい(笑)
TBスパムや、コメントスパムが鬼のように多くて、重たいときがあります。ご迷惑かけます。m(_ _)m
投稿者 HiRO@zetton05 : 2006年11月13日 16:41