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2008年06月29日

野武士との邂逅

6/28 千葉ロッテ 11-3 西鉄

西武ライオンズが、球団移転30周年を記念し「LionsClassic」と銘打って、西鉄ライオンズのユニフォームを復刻、6/28からの西武ドームでの12試合と7/15-16の福岡でのゲームで着用する。

自分は福岡に生まれ育ったが、世代的に、西鉄ライオンズの黄金期の実体験を持たない。
物心ついた頃は、既に西鉄の晩年。黒い霧事件で主力も去って弱体化した獅子の姿しか知らない。記憶に残るのは、球団名が「太平洋クラブライオンズ」に変わり、ユニフォームが、白地に青や、奇抜なショッキングピンクに変わっていく様だった。子供心に、あの格好悪いユニフォームは哀しかった…
だから、今回復刻されるユニフォームそのものは記憶にない。が、福岡では映像で見る機会もあったし、親の世代から黄金期の西鉄の強さは散々聞かされてきた。
「神様、仏様、稲尾様」
福岡では、当時の小学生でもこのフレーズは皆知っていた。その黄金時代への憧憬の念は強い。

そのLionsが福岡を去ったのが小5の頃。

福岡に野球がなくなった空白の10年を経て、Hawksが福岡の球団となったそのときから、自分はLionsではなく、Hawksを応援すると決めた。
その心情の背景にあったのは、最も多感な10代の頃に感じた、地元に野球がない寂しさ。福岡から野球の灯が消えたのだ。所沢で強くなっていくLionsを見れば見るほど、その寂寥感は募っていった。地元に球団がある都市を羨んだものだ。近年、いろいろな世代のファンと交流するにつれ、特に自分たちの世代に共通して強い感覚のようにも思える。もう二度とあんな想いはしたくない。地元福岡の野球の灯を守りたい。
だから、たとえどんなに弱かろうとHawksを応援すると決めた。


福岡で、Lionsに去られた哀しさと、空白の10年の寂しさ、そしてHawksを迎えた歓びを経験し、今ではHawksを愛する自分にとっては、(Hawksの南海ユニフォーム復活と相まって)過去と現在と未来を紡ぐ素敵な企画だと思う。
同時に、昔、一番大好きだった彼女と、それぞれ伴侶を見つけ幸せな毎日を送るなかで再会。その彼女が「私たちが知り合う前、実は私、こんなだったのよ。あなた、知ってた?」と迫ってくるかのような、そんな、胸の奥底をくすぐる、何とも甘酸っぱい薫りのする企画でもある(苦笑)

その甘酸っぱさに吸い寄せられるかのように、その「LionsClassic」の初戦、西武ドームに足を運んだ。

14時からの試合開始。
今回の復刻ユニフォームのレプリカやキャップの発売は11時から。その11時ちょい前に西武ドームに着くと既にショップから駐車場方向へ長打の列。

街灯にも西鉄ユニフォーム。


自分はNLマークのキャップは持っている。福岡のライオンズベースボールショップで購入したものだ。今回、せっかくならレプリカユニフォームが欲しいと思い、列に並ぶ。…待たされること1時間半!(苦笑)

背番号も同時に販売していたのだが、正直悩んだ。
素直に選ぶなら、中西さんの6番が一番。か、稲尾さんの24番。でも、仰木さんの5番、三原監督の60番も捨てがたい。
結局、この企画自体、その存在抜きにはあり得なかった気がしたのと、やっぱり福岡の野球のためにとことん尽力されたことに対する感謝の念を表したいがために24番を選んだ。

チケットは当日券。何処で観ようか少し思案。外野でLionsファンのなかでゴッツリというのもなぁ…。内野で、少しゆったりと西鉄の復活にひたろうかとチケット売場を覗くと、この日はJAF会員優待があるらしく、JAFカードの提示で内野指定(3,500円)が2,200円で買えるとのこと。コレだ!
買って見ると、ほとんどバックネット裏のちょい横、抜群に良い席。

席からの景色はこんな感じ。

入場時には、1956(昭和31年).10.18の西スポ紙面も配布。

とことん、気持ちを盛り上げてくれる。

グラウンド内では、Marinesのバッティング練習。
選手達の西鉄ユニ姿を目にしたのは、それが終わってから。

んー、なんか着こなしが残念。
この日ばかりはロングやストレートでなくて、ストッキングを出したオールドスタイルの着こなしにして欲しかったなぁ。(Hawksの南海ユニはそこも含めてGJ!)
信彦みたいな下半身のガッチリした選手が、上着をだぶつかせずストッキング出して着こなしたらメチャクチャ似合うと思うけどね。G.G.とか、後藤とか、おかわりくんあたりね。
胸元のNikeのスウォッシュマークは野暮の極み。嫌らしい。NikeがLionsのユニフォームサプライヤーなことくらい、皆、知っとるよ、わざわざこんなとこで自己主張せんでも。
あと、キャップのNLマーク。脳内イメージより、ちょっと大きく、ちょっと太い感じ。

でも、シンプルで格好良い。そして、力強さがある。
南海ホークスのユニフォームでも思ったけど、昔のシンプルなデザインってホントに格好いい。
特に近年、メーカーの自己主張で、凝った割りに、ん?といったデザインも多いだけに、そう思える。
この日のMarinesのユニフォームが、グラデーションと赤を使った現代的なものだっただけに、余計にそのシンプルな格好良さが際立っていた。

試合前、場内に流れるのはいわゆる昭和歌謡。

試合前のセレモニー。
モニターに当時の映像を映しながらナレーション。
少し感極まる自分。が、まわりは淡々としている。やっぱり、この西鉄ユニフォームの復刻は、福岡でやってこそだろう。観客の反応にそう思えた。

が、始球式、豊田泰光さんの登場に満場の拍手。

仰木さんや稲尾さんがご存命なら、どんなお気持ちで、この日を迎えたろう。
そんなことを考えると、視界が滲んでくる。
が、周りにこんなしんみりしとる奴はいない。浮いとるぞ、オレ(苦笑)
ま、それはそれとして…

良い始球式だった。

自分は常々思っている。日本の野球界は先人達をもっと大切にすべきだ。
始球式といえば、やたらとアイドル、芸能人を招きたがる悪いクセ。それが長い目で見て野球のためになると思っているのだろうか?いや、きっとそんな発想すらなかったのだろう。
かつての、球団OBや地元出身の名選手。そうした方々への敬意を表現する場として始球式を活かせばいいのに。ずっとそう感じていた。
だから、この始球式は、ライオンズ球団として一つの最高の形だと思う。

米国は、国自体の歴史が短い故に、その歴史をとても大切にする。それと開拓者精神も相まって、先人達の偉業に対する尊敬の念を都度表現する。
かつての名選手の偉業を称えるゲームを開催し、その選手が存命ならその選手自身を招き、でなければ子息を招いて称える。
そういうところはもっと見習っても良いと思う。偉業だけではない。日々のプレーの数々、その積み重ねが、今の日本プロ野球を形づけているのだから。


が、西鉄ライオンズへの憧れとかつての福岡の盟主に対する感傷もここまで。
この前の南海ホークス復活と違い、ゲームが始まってしまえば、いつもとユニフォームが違う、というだけでスッと冷静になった。

この違いは、きっと応援によるものか。

考えてみれば、管楽器による応援が既に確立されていた20年前の南海ホークスと違い、Lionsの福岡時代には、まだ太鼓と三三七拍子とか炭坑節とかそんな時代。
その応援を、今の時代に復活させるのは、ちょっと厳しいかも、と思いつつ、そこまで徹底してもらいたかった気持ちもある。
応援の再現もそうやし、7回攻撃前の応援歌もそう。「西鉄ライオンズの歌」をちょっと期待していたが、いつもの通り「吠えろライオンズ」。
ま、その辺は福岡時代への思い入れがない所沢では難しいかも知れない。
福岡でのLionsClassic開催時にどこまでやるのか要注目やね。

それと、もう一つ懐かしさの要因を挙げるなら、南海ホークスユニフォームの場合、その舞台が屋外の天然芝球場だったのもあるかも知れない。それが昭和のパ・リーグの雰囲気を余計に強く蘇らせる、そんな要素もあったかに思える。

あとは、前述の選手の着こなし。
ストッキングもあるが、南海ユニフォーム復活で印象的だったのは、各選手が南海の深緑色にあわせ、バッティンググラブやリストバンド等の小物まで徹底して緑にコーディネートしていたこと。この日のライオンズの選手はブルーのバッティンググラブの選手が多かった。
南海の復活に比べると、Webサイトの充実振りには目を見張っていただけに、Nikeマークやストッキングも含め、グラウンドレベルでのこだわりの薄さが残念。

とにかく、意外なほど、ゲームの最中には西鉄ライオンズを意識しなかった。
この辺は、TV観戦のほうが、アップでユニフォームを観ているだけ視覚的に感じられたかも知れない。

ただ、同じユニフォームを着ているせいかどうかは分からないが、この試合、Lionsの為す術もない惨敗に、次第にムカッ腹が立ってきた。6回、7回頃からゾロゾロと帰路につくLionsファンにも、だ。
終いには、真正面に見えるマリサポが、牽制の都度ブーイングをするのにもムカついてきて、「牽制するくさ!お前ら、野球ば知っとうとや?!」と文句を言っていた(苦笑)
体内の何処かに眠っていた、遠い日のLionsへの想いが、ちょっとだけ目を覚ましたか(笑)

でも、来て良かった。やっぱり嬉しかった。何とも言えぬこの感慨。
この企画を実現してくれた西武ライオンズ球団に感謝!

かつて、西武がLionsを買収し、所沢へ移転すると同時に、福岡時代の歴史は抹消された。それは福岡市民にとっては切ないものだったけれど、今にして思えばどうしようもなかったとも思う。
当時、黒い霧事件の余波で、企業にとってはどうにもイメージは良くなかったはずだ。それがなけりゃ、いくら弱体化していても西鉄も手放すまでには至ってないかも知れない。
今にして思えば、Lionsの名前をそのまま残してくれたことだけでも、感謝せねばなるまい。

そして、30年目にこうして福岡時代の歴史に陽があたる機会を作ってくれたのだ。
それを素直に感謝したい。
今までの30年にはこだわるまい。今からでも遅くはない。過去の歴史を大切にして欲しいと切に願う。


今季、奇しくも、福岡を去ったLionsと、その10年後に福岡に拠を移したHawksの、それぞれの移転前のユニフォーム復活が実現した。
福岡は、Lionsが去った寂しさと、Hawksを迎えた歓び、相反する立場を経験した希有な街。それこそが、その一方で涙した大阪の南海ファンの想いをも理解し得る貴重な経験だといえる。それは、福岡にとっても大阪にとっても幸福なことだったと信じたい。
それと同様に、福岡の人間が、どれだけLionsを愛していたのか、どれだけ複雑な想いを抱えながら、LionsファンからHawksファンへと移り変わったのか、関東のLionsファンにも思いを馳せて貰えれば幸せだ。


このLionsClassicの真骨頂は、やっぱり7/15-16の福岡になるだろう。
この福岡と、8/19-21の所沢での、対Hawks「新旧福岡球団」対決がそのクライマックスとなるに違いない。平日やけど何とか都合つけて行きたいと思う。


この親会社の壁を越えたユニフォームの復刻イベント。
MLBのRetroNightのように、両球団が揃って昔のユニフォームを着用する、そんなイベントに発展していって欲しいと思う。
今回、HawksやLionsは○○周年事業を銘打っているが、年に一度くらいやって欲しいものだ。球団同様に、1人1人のファンにだって、それぞれの野球への想いの歴史を抱えているのだから。


昔の彼女との再会は、彼女の魅力よりも、彼女と再会する機会を作ってくれたことへの感謝への念を強く感じた。
この辺りは、また、世代によっても違ってくるだろう。自分らの20-30歳上の世代にはもっとストレートに響くに違いない。その意味では、ちょっとだけ、もう少し早ければ、とも思う。でも、ま、福岡での開催も踏まえてかな。
本当の意味での感想は、全てを終えてからにしたいと思う。



【オマケ】

レオとライナも当然、西鉄ユニフォーム!


そして、ブルーウインズも西鉄仕様!


この日は打ち込まれたが…
岸のしなやかな投球フォーム


そして…
あり得ない肘の角度。
余程、類い希な柔軟性がないと、絶対にこんなフォームで投げられないことを証明する一瞬。

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投稿者 zetton05 : 2008年06月29日 18:49

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