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July 18, 2008

夢のまた夢

野茂英雄が現役引退を表明した。

4月にRoyalsを解雇された後も現役続行の道を模索し、一時は日本のジャイアンツ球場でもトレーニングを続けていたと聞く。

言わずと知れた、海を渡ったパイオニア。
野茂がいなければ、今のようにMLBが日本人選手を高額で受け容れることは決してなかったろう。

日本人最初のメジャーリーガーは村上雅則。南海ホークスから野球留学、メジャーへ昇格した。野茂が海を渡る31年も前の話だ。

自分が、リアルな記憶を伴って日本人選手のメジャー挑戦を記憶しているのは、江夏豊。日本での最後の球団となった西武ライオンズを退団後、ブリューワーズのキャンプに参加し、開幕までメジャー昇格を目指していた。

それから10年。
その間、日米野球などで、走攻守を兼ね備えた秋山幸二や佐々木誠が「メジャーに最も近い男」等と呼ばれたりもした。
が、当時は、日本人選手がメジャーに挑戦するなんて、夢のまた夢。遠い世界への夢想に過ぎなかった。

1994年オフ、表面的には複数年契約と代理人制度を希望して近鉄バファローズと揉めた末、野茂英雄は任意引退扱いとなり、海を渡る。ルーキーイヤーから4年連続の最多勝利&最多奪三振を達成した野茂英雄の退団とMLB挑戦は衝撃的だった。なにしろ日本球界で現役バリバリの当時日本最高の投手が、日本での全てを投げ打って海を渡ったのだから。

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Dodgersとマイナー契約、近鉄時代の1億4000万円から、僅か980万円の年俸。
が、5月にメジャーへ昇格するや、前年のストライキの影響でファン離れを引き起こし人気低迷するMLBの救世主と化してトルネードブームを巻き起こす。ルーキーながらオールスターゲームのスターターまで勤め、13勝6敗、236奪三振の成績で新人王、奪三振王のタイトルを獲得。
以降、1996年のノーヒットノーラン、2001年RedSoxでの2度目のノーヒットノーランなど数多くの興奮を日本の野球ファンにも与えてくれた。
確か、日本人メジャー初ホームランも野茂だったはず。
また、野茂が当時のMLBで社会現象にまでなったことを如実に示しているのがNOMO MAXの存在だろう。Nikeの当時の人気商品、AIR MAXやAIR JORDANと並んで、NOMOの名前を冠したモデルが発売されていた。

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以降、数多くの球団を渡り歩き、2006年6月WhiteSoxとのマイナー契約解除後、右肘を手術、以降復帰を目指しトレーニングを続けていた。昨秋のベネズエラのウィンターリーグでの復帰を経て、今年、Royalsとマイナー契約、右肘への負荷を考慮しセットポジションでの投球でメジャー昇格を目指すも、4月に戦力外通告。

2005年以降は泥臭く現役続行にこだわってきた。
肘の手術後のリハビリ経て中米のウィンターリーグでも投げる、その姿勢からは、再びメジャーのマウンドに上がらんとする強い意志が伺える。寡黙でマスコミには多くを語らぬ野茂だが、そうした生き様をもって何か強いものを感じさせてくれる希有な選手だった。

そして、他人の目にそれがどう映ろうと、とことんプレーヤであり続けようとするその姿勢に、自分はその野球への深い愛着を感じずにいられない。
日本を離れ、海を渡って成功を収めたパイオニア。綺麗に終えようと思えば、その機会は幾らでもあったはず。だが、そんなことよりも、1人のプレーヤであることにこだわるその野球への情熱。それこそが、野球人として尊敬の対象であると自分は思う。

メジャー在籍時から日本の野球界を憂い、自らの出身でもある社会人野球の衰退に際し、野茂ベースボールクラブを設立するなど、プロだけではなくアマチュア球界も含めた日本野球のピラミッドの形成にその思考は及んでいる。
今後、彼がどうするのかまだ分からないが、彼なりに日米の野球両方を知る人間として、日米の野球界の発展に寄与してくれることを期待したい。彼自身もきっと、自分なりにそれを考えていることだろう。

自分は「負けて悔いなし」という言葉が嫌いだ。高校野球に代表されるマスコミの美化の意図を感じる。負けて悔いのない勝負などない。自分はそう思う。
だから、
「悔いが残る。まだまだやりたい。」
引退に際しても、そう明確に言い切る野茂という1人の野球人に好感を抱く。


日米通算201勝。
野茂の前に道はなく、野茂の後に道ができた。
時代を代表する象徴的な選手だった。


「夢のまた夢」をグッと手繰りよせ、実現可能な「夢」に変えた開拓者が、さらにその先に見据えるものは何か。
しばしの休息を経て、またいつの日か、日米球界の発展のために活躍する姿を見たいと願う。
だから「お疲れさま」も「サヨナラ」も言わない。きっと彼も、それを望んでいるはずだから。

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投稿者 zetton05 : July 18, 2008 01:07 AM

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Comments

日本プロ野球の歴史を変えた人ですし、個人的にはもっとも偉大な選手ではないかと思います。
ドラフト時の8球団競合とかもしっかり覚えていますが、仰木さん率いる近鉄で良かったですね。

かなり寂しいニュースですが、思い出が色あせることはないですね。

投稿者 oosima : July 18, 2008 12:30 PM

日米の野球の歴史に大きな足跡を残した、日米両方で殿堂入りしてもおかしくないくらいの偉業だと思います。

仰木さんは「絶対にあのフォームは変えない」と仰ってましたからね。一方、草魂は「あれを変えなきゃ駄目だ」と手を加えたがっていたと聞きます。それに反発し、自ら海を渡って証明しました。

また、何らかの形で野球界のために働いて欲しいものです。

投稿者 HiRO@zetton05 : July 20, 2008 12:28 PM

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