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2005年12月31日
皆さん、良いお年を♪
歳を経るごとに1年という歳月を短く感じるようになる。今年もあっという間の1年だった。
今年は例年以上に多くの新たな出会いに恵まれた。
先ずは職場環境が変わったことで、いいハートを持った連中に出会うことができた。
プライベートでは、Blogやmixiで知り合った野球ファンとのリアルな世界での交流も愉しめた。
特に、ずっと前から知っている気がするかのようなDAIとの出会いと一緒に行った王監督夫人の墓参りは忘れ得ないものになった。
そして、野球の愉しさと、野球が身近にある喜びを、再認識させられた貴重なシーズンだった。
食い損ねたっ...
福岡で育った自分にとって、この東京生活で欠かすことの出来ない、言わば自分にとってのSoulFoodとでも言うべきラーメンがある。そのラーメンを食うと、ホントに不思議なまでに内側から元気になっていく自分がいる。
年の瀬も押し迫った今日、2005年の締めに食っておこうと、その店、東銀座の「やまちゃん」へ向かった。
2005年12月30日
改めて合併球団に想う
仰木さんの訃報や、その後の清原、中村紀のORIX Buffaloes加入といった状況のなか、予想はしていたが、合併の事実が風化することへの懸念や、昨オフのノリの合併球団拒否、メジャー挑戦は何だったのか、という声が聞こえている。
実は、自分もそこへのこだわりは全く捨てきっているわけではない。
2005年12月29日
WBC...
野球界のために、その人生を捧げる。
王貞治は、きっと、もはや当たり前のように、そう腹を決めている。
だから、現役の監督でありながらWBCの監督だって引き受けた。
シーズン前の重要なオープン戦の期間中にチームを離れることすら厭わずに。
だからといって、参加の意思のない選手に強要はしない。参加は各選手の判断に委ねている。
松井秀喜が参加を断った。
残念だとは思うが別にいい。
4番には押しも押されぬ2004年三冠王、2005年二冠王の松中信彦がいるではないか。それに、やる気のある選手で構成したほうがいい。ノリなんか誘えば喜んで参加してくれそうなのに。
そういえば、オリンピックやその予選もそう。今回のWBCも。
全部が全部とは言わないが、パの選手のほうが強いモチベーションを示す傾向が強いように思う。
予選も含め前回のオリンピックの日本代表チームなんて、殆ど主力はパの選手だった。
2005年12月28日
Hawksファンの幸福
昨年のクリスマスイブ。
孫正義 新オーナーから、本当に素晴らしいクリスマスプレゼントを届けてもらって、早や1年が経つ。
改めて思う。
本当にいいオーナーにHawksを買って貰った。
自分は、基本的に契約更改ネタには触れないことにしている。
野球少年の笑顔
昨夜は遅くまで呑んでいたため、記者会見の映像は観ていない。
だが、今日、Web上に溢れる清原和博の満面の笑みに、改めて、パ・リーグに帰ってきて良かったなと思う。
2005年12月25日
他球団ファンのブログのすすめ
ウチにもTBやコメントを頂いている虎党ブロガー、スーパーサウスポーあさちゃん。さんの『新・阪神優勝、巨人最下位』で「野球系ブロガーMVP投票」が行われている。
なんと、光栄なことに、鷹党代表としてここにノミネートされていた。
これは大変名誉なこと...でも、ま、見た人が思うままに投票してくれればいいとして...
普段、鷹党のブログしか見ないなら、これを機に他の12球団代表のブログを目にしてみるのはいかがだろうか。
違う立場から見ると同じトピックが全く違う印象で描かれているから面白い。Hawksだけでなく球界全体を見る切っ掛けにもなるかと。
鷹ファン同士もいいけど、他球団のファンとも交流を広げていただけると、一野球ファンとして嬉しく思う。
2005年12月24日
セとパ...おんぶに抱っこと地域密着
今日は、クリスマスイブ...と言うことは、福岡ソフトバンクホークスの誕生から丸1年。下手をすると、合併したかも知れないMarinesとHawksの2チームによる壮絶なプレーオフが今年観られたことに感謝の念を抱かざるを得ない。だが、その一方で、近鉄バッファローズの実質的な消滅という哀しい事態からは逃れ得なかった。
そう...昨年は球界再編に揺れた1年だった。
この1年で何がどう変わったのか...
報道を眼にする限り、球団経営者達の意識は未だに変わってはいない。
セ・リーグの代表者会議なんて酷いもんだ。
先送りもいいところ。何をちんたらやっとるんやろう。相変わらず危機感を感じない。
パに比べれば何とかなっとる意識が強いのか。
最近、いずれパのほうが追い越すのではないか、という気すらしている。
2005年12月21日
Welcome Back to "熱パ"!
遂に、この男達が、パ・リーグに帰ってきた。
かつてのパ・リーグの至宝、清原和博。
そして、いてまえ最期の芸術(®DAI)、中村紀洋。
死して、なお、仰木彬の熱が、頑なな気持ちを融かし、2人のパ・リーグの至宝ともいうべきスラッガーを惹きよせた。
これでクリーンアップの軸ができた。今季悪かったとはいえ谷もいる。投手陣の枚数はまだまだ足りないが、セラフィニも加入。他の選手も弔いに燃えるだろう。
その戦いに注目だ。
2005年12月19日
マジックは生き続ける
仰木さんが亡くなってから数日。
自分が今夏、草野球チームを作った際、監督を引き受けてもらった先輩がいる。
彼は、かつて熱烈な近鉄Buffaloesファンだった。
が、しかし、近鉄Buffaloesの消滅によって、野球から遠ざかってしまっていた。
「ORIX Buffaloes?...あんなんBuffaloesちゃうやん!!」
1989年優勝を遂げた年、西武Lionsとのダブルヘッダーでのラルフ・ブライアントの4連発。
今でも、辛いとき、落ち込んだときには、このダブルヘッダーのビデオを観るという。
仰木さんの死は、そんな彼の気持ちをも溶かしつつある。
「ノリも入団するし...仰木さんの弔いで来季はオリックスを応援しよっかなぁ...」
ノリが、キヨが、その男気に心を動かされ...元Buffaloesの選手も元Bluewaveの選手も、弔いで一つにまとまるだろう。
そして、仰木さんの生き様が、野球から遠ざかっていた猛牛ファンをも惹きよせる...
死して、なお、そのマジックは健在だ。
2005年12月18日
蒼い眼の盟友
ちょっと前の話し...
WBCのメンバー選出を巡って、一部のMarinesファンが不満を述べていたっけ。
HawksファンとかTigersファンから見りゃ、8人も選出されとること自体、羨ましくてしょうがないのに。それだけチーム力を認められたってことなのに...
でも、さすがはボビー。
名球会の表彰式に飛び入り参加してこんなことを!
DAIの夢のなかの彬
仰木さんが亡くなって、いろんなWeb上の記事を読みあさって、いろんなBlogを読んで...
で、最期にもう一度、DAIのこの夢を読みたくなって...
2005年12月16日
野武士、墜つ!
元Buffaloes監督、仰木彬氏が亡くなった。
夕べは出張中で、ホテルでTV速報を見た。
夕方、入院していた福岡市内の病院で、とのこと。
体調が悪いとは聞いていたが、入院していたとは。しかも、癌だったという。
ホテルで、ネット環境がなく、それ以上の情報が分からなかったが、1人で呑みながら、涙が止まらなくなった。
今季、合併球団を本当の意味で一つのチームにするために、70歳の身体に鞭打って現場で指揮を執った、その最中から身体は癌に蝕まれていたようだ。
「グランドで死ねたら本望や。」
合併で傷ついた自らのかつての教え子達の心を勝負へと向けさせ、不十分な戦力でも戦える、その意気を見せつけた、その陰で自らを犠牲にしていた。
その男気に胸が熱くなる。
「野球界への最後のご奉公や」
何という壮絶な生き様...格好良すぎるよ、ただの酔っぱらい親父のくせによぉ...
...今、書きよっても目が潤んできた...
2005年12月14日
凍てついた心
人は生きていく以上は、多かれ少なかれ、何らかのストレスを持っているもの。
だが、それでも、ストレスを溜め込んでいく人もいれば、ストレスを溜めない人もいる。
無論、自分にはどうしようもないストレスだってある。
だが、自分の考え方一つで、どうにでもなるストレスだってたくさんある。
例えば、何某かのトラブルがあったとする。
それをネガティブに捉えれば、それだけでストレスになる。それを処理している最中に起こる、あらゆることもストレス因子となっていく。
最初のトラブルを、そりゃこういうこともあるさ、ぐらいに受け止めていれば、そこにストレスを感じることもそこから先の出来事にさらにストレスを増幅させることもない。
2005年12月12日
冬の訪れ
急激に寒くなってきた。
実は先々週末から腰の調子が良くない。
6年ほど前、椎間板ヘルニアの寸前と診断されて以来、腰痛と付き合っている。
時たま「ヤバい」感覚がきたときに、用心してケアしておけば酷くはならない。
先週は腰ベルトの世話になっていた。
それでも、忘年会シーズンでもあり、また大好きな草野球があるとついついやんちゃをしてしまう。
2005年12月09日
生涯Hawks宣言!
嬉しいこと言うてくれるやん。
杉内 鷹一筋 メジャーには行かない
「自分はずっと福岡でプレーしたい。みなさんの前で投げたいですから。」
いや、泣けるね。
福岡やHawksへの愛着を、真正面から口にしてもらえるなんて、ファン冥利に尽きる。
「チームや福岡を愛してる」
そう語って、とことん筋を通しまくって海を渡る決断をしたJOHにも感動させて貰った。
結果は全く逆やけど、こんな選手達を応援できるHawksファンは幸せやね。
2005年12月06日
移りゆくもの、受け継がれるもの
Hawksの新入団9選手の入団発表があった。
今年の新入団選手への期待はまたひとしおだ。
Hawksはこの数年、黄金期といっていい充実ぶりを見せている。
が、2004年、2005年と2年連続でプレーオフ敗退。
そして、その黄金期を支えたメンバーも、2003年オフには小久保、村松、2004年には井口、そして今オフには城島と、12球団でもトップクラスの主力の流出が相次いでいる。それでも、毎年優勝争いに絡んでいるのだから大したものだ。
2005年12月02日
もらったチャンスを掴むのは?
入団時には2年総額15億円で話題になり、何となくファニーなそのプレーでファンを一喜一憂させたバティスタが解雇された。
今季135試合に出場、打率.263、27本塁打、90打点という成績が、年俸に見合ったものでないのも確か。だが、もともとU.S.でも打率.250程度だったことを考えると、まあ、先ずは期待値通りというところか。
外国人の場合、日本野球への慣れ、生活への慣れなどが、活躍のために不可欠。その意味では、1年目よりも2年目のほうが期待できるし、もともと2年契約を結んでいることからも、来期残留は疑っていなかった。
チームの若返りを図る方針による判断だという。
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